● 久徳寺跡

 古記録によると、戦国時代の出雲の武将山中鹿之介の死後、弟三蔵坊が当時の長谷村(現宝塚市佐曽利)に隠棲し、主君尼子義久と兄鹿之介の菩提を弔うために千本鉱山の近くに建立しました。しかし瓢箪間歩全盛の折、湧水が強くなった長谷の千本間歩から砿民が移って来る時、久徳寺も勧請されたと記されています。

 

 また、鹿之介の兄幸正が久徳寺として開山し、鹿之介の母堂が葬られたという記録もあります。

 

 明治6年の「寺院廃止に伴う書付」によると「先年悉(ことごとく)皆焼失し」とあり、建物、仏器、什物等全て焼失してしまったようです。

 

 かつては村人総出で手入れをしていた時代もあったそうです。

 

<青木間歩>

  唯一、坑道内を体験できる間歩です。

見学時間:9時〜17時

12月29日~1月3日は休み

多田銀銅山は、平成19年度経済産業省「近代化産業遺産」に認定されています。