● 悠久広場(堀家製錬所跡)

   明治28年に、島根県の鉱業家で「鉱山王」と呼ばれた堀藤十郎が採掘権を得て銀・銅・鉛の生産をはじめました。明治39年、生産規模を拡大するために、選鉱機械や洋式製錬所など当時の最新設備を設置する等の近代化を図りましたが、明治40年秋にはじまった銀・銅の価格暴落によって、機械選鉱場は使用されることなく休業に至りました。

 

 町の発掘調査によると、レンガ構造物の前でレンガ敷遺構が出土し、激しい振動を伴う選鉱機械を設置した選鉱場の跡と考えられています。5基の同形レンガ構造物と、それより約2.4m高いレンガ構造物の計6基で構成されています。

 

 右側(駐車場側)には煙道の吸込み口が2ヶ所残っています。堀家製錬所の排煙施設として、溶鉱炉と焼鉱炉の2ヶ所の吸込み口から煙道を通り排出される設計になっています。

 溶鉱炉に使われた焼けた耐火レンガや、製錬の初期過程で出る非金属の「かす」であるカラミも出土し、短期間にしろ稼動していたことがわかります。

赤レンガと鍋形カラミ

 

 

←レンガ構造物の遺構

 

 


<青木間歩>

  唯一、坑道内を体験できる間歩です。

見学時間:9時〜17時

12月29日~1月3日は休み

多田銀銅山は、平成19年度経済産業省「近代化産業遺産」に認定されています。